最近、息子アオが以前働いていた職場のことを思い出す機会がありました。
彼は中度の知的障がいがありますが、就労に関しては重度の認定です。
職場ではその書類を提出した上で就職が決まりました。
アオは「働きたい」という気持ちを胸に、
一生懸命毎日、電車に乗って通っていました。

当時の職場は、宅配弁当などを扱う大手企業のセントラルキッチンでした。
最初は週5日勤務で社会保険にも加入させてもらえ、
「ちゃんと働いている」という自信を、息子自身も少しずつ感じ始めていました。
けれど、だんだんアオの特性に対して叱責が増え、ある時を境に少しずつ変化が起こります。
運営元が変更となり、それに伴って管理体制や方針も変化。
同じ現場で働く人たちは変わらないのに、上司や雇用の扱いが変わり、
就労時間も次第に短縮。
週3日、短時間勤務となり、「もっと働きたい」というアオの思いとは裏腹に、シフトはどんどん削られていきました。
同じ職場では、外国人実習生が新たに採用され、
高齢のパート職員の退職時期が早められるなど、
まるで“入れ替え”が進んでいるような雰囲気すら感じました。
同僚からの叱責の他に外国人実習生からバカにされたような事を言われた事もありました。
それでも、「がんばろうね」と声をかけながら毎日送り出していました。
でも私の中に、少しずつ違和感が膨らんでいったのです。
アオは「中度知的障がい」であることを理解されたうえで雇われたはず。
管轄の就労支援センターの職員さんも、何度も企業側とやり取りしてくださっていた。
なのに、
配慮は薄れ、アオの特性に合わせた工夫は見られず、
むしろ「本人が働きづらくなっていく」ように感じました。
最終的に、支援センターの担当者さんも不信感を抱いてくださり
「このままここで働き続けるのは難しいかもしれませんね」と、就労支援A型事業所を提案されました。
私は、そのとき強く思いました。
**「配慮がない職場は、“雇用”という形をしていても、
障がいのある人が安心して働ける場所ではない」**と。
就労の形だけが整っていても、
その人の特性や思いに寄り添う姿勢がなければ、
それは“ただの場所”であって、“職場”ではないのだと。
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息子は今A型事業所で、支援員さんにサポートしていただきながら毎日頑張って働いています。
「働ける」ことは、彼にとって、社会とのつながりであり、
「自分も社会の一員なんだ」と実感できる貴重な時間です。
私たち親は、それを守るために、時に声を上げたり、
立ち止まって考えることが必要なんだと思っています。
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🌱 最後に
誰もが、自分のペースで、自分らしく働ける場所がありますように。
そして、形式ではなく「想い」によって支えられる雇用が広がっていくことを、
心から願っています。