ぴのこのはなし

知的障がいのあおと一緒に育つ お母のブログです

敬語が使えない息子の就労 その後

知的障害のある長男(あお)のその後です。

このお話はこちらからはじまります。

流れを読んでいただけたら嬉しいです。

 

 

 

先日就労支援センターの担当の方との面談が決まり、あおと一緒に伺いました。

 

約2ヶ月前、就労先からお手紙をいただき、いろいろと考えてを尽くしたつもりです。

結果として、あおの状態は何も変わっていないとのこと。

 

やる気スイッチを教えてほしい

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そう言われても、スイッチがあるなら私も知りたいんです。と言いたいのが本音。

 

あお本人にとっては良い環境でのびのびしすぎ

ているのです。

 

そして息子の人をみて態度を変える悪い行動。

 

3年以上も敬語を使っていなかった状況だったようです。

 

就労する前は就労の事を考えた療育、就労の事を考えた授業内容の特別支援学校に通っていたのでそこまで崩れていると思っていませんでした。

職場は厳しい所、厳しい所ではあおは崩れない。

安心していました。

就労すると親は中々介入できません。

 

半年ごとの契約更新の時も時に書類のやりとりしかなく、四年目に入るときに就労支援センターにこちらからのお願いとして仕事の様子を見てきてほしいという事からの始まりです。

 

この、1年経たない間に就労支援センターの担当が3人変わりました。

毎回良い方なのですが、引き継ぎだけであおの本質はわからないと思うんです。

親は直接職場の方に話をすることができません。

手紙のやりとりはありますが、お互いの本意は伝わりません。

 

どうしても間に就労支援センターの方を介さないといけないので、このやりとりだけでもうすぐ1年たつのです。

 

そして最後に

「あお君は仕事自体はよくやってくれるそうなんですが、会社さんとの決まり事として、守ってほしいことがあります。

声にだして読んでみてください。」と1枚の紙をあおの前に置きました。

 

あおは普通のおしゃべりは出来ますが読み上げたり日常使わない漢字は読めないのでふりがなを振っていない文章にたどたどしい言葉で読み始めました。

わからない漢字は間違えて読み、私が読み直しました。

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これ、全部できていないのか。

今までの小さい頃からの苦労が走馬灯のように駆け巡り、私はその場で泣いてしまいました。

恥ずかしながら感情を抑えることが出来なかったのです。

小さい頃から家でも敬語で話す習慣にしていたらどうだったんだろう。

もっと早くわかっていたらどうだったんだろう。

 

みんながあおのためにと動いていることが、あお本人にどう届いているのか…

 

私は「お忙しい事と思いますが、ダメな行動をした時はその都度やり直しをさせてください。

今日はいいやという事がないようにダメな事はダメだと言ってください。」と伝えて頂く事をお願いしました。

あおは臨機応変はできません。

楽な方楽な方へ流されます。

 

この紙はリビングのよく見える所に貼りました。

明日から毎朝読み上げることにしています。

 

今度は良い報告ができるようになるといいなぁと思います。